東京高等裁判所 昭和46年(行コ)74号 判決 1976年1月23日
控訴人
長島博道
右訴訟代理人
大蔵敏彦
外二名
被控訴人
静岡県知事
山本敬三郎
右訴訟代理人
堀家嘉郎
外四名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一控訴人が静岡県企画調整部統計課に所属していた静岡県事務吏員であること、被控訴人が昭和三九年一二月二五日に、控訴人に対して、控訴人主張の理由で六カ月間停職する旨の懲戒処分(以下本件処分という)を行つたこと、これについて控訴人が昭和三九年一二月二八日静岡県人事委員会に審査請求をなし、同委員会が同四一年一二月一六日に本件処分を承認する旨の判定をなしたこと、はいづれも当事者間に争いがない。
二控訴人が、静岡県職員組合(以下単に県職という)の組合員であつて、昭和三六年二月一日から同三九年六月三〇日までの間、県職の執行委員に選出され、いわゆる専従休暇の承認を得てもつぱら職員団体の業務に従事していたこと、同三九年六月三〇日任期満了に伴う県職の役員選挙に際し、執行委員に当選したが、右役員選挙にあたり、当該選挙区の過半数の得票がなかつたため、控訴人の県職の役員としての変更登録申請が静岡県人事委員会に拒絶されたこと、被控訴人は、控訴人が同年七月一日付で申出ていた専従休暇承認の申請を、同年八月一五日に却下したこと、いいづれも当事者間に争いがない。
控訴人は、右専従休暇承認申請を却下た被控訴人の処分は違法である旨主張するが、昭和三九年六月当時施行されていた昭和四〇年法律第七一号による改正前の地方公務員法第五三条第三項によれば、「職員団体が登録される資格を有し、及び引き続き登録されているためには、規約の作成又は変更、役員の選挙その他これらに準ずる重要な行為が、その構成員たるすべての職員が平等に参加する機会を有する直接且つ秘密の投票による全員の多数決によつて決定される旨の手続を定め、且つ、現実に、その手続によりこれらの重要な行為が決定されることを必要とする。」と定めており、<証拠>によると、控訴人所属の静岡県職員組合規約第三四条にも、「この組合の選挙はすべての組合員が参加する直接かつ秘密の投票による全員の多数決により決定される。」と定められていたのであるから、県職の登録された役員となるには、所属選挙区の組合員の過半数以上の投票を得なければならなかつたと解される(控訴人は右法文中の「全員の多数決」は「投票者の過半数」の意に解すべきであると主張し、当審における証人松本廣の証言はこれにそうものであるが、仮に「全員の多数決」が役員選挙の実情に合わないところがあるとしても、右主張のように解釈することは法律の文言を無視することとなるのであるからその改正にまつほかないのであつて、県職においても、右証言によれば、妥協策として、所属選挙区の全員の多数決に至らなかつた場合にはさらに全員による信任投票を行い、これによつて補完することとしていたことが認められ、また現に、その後役員選挙については「投票者の過半数」で足ることに法律の改正がなされたのである)ところ、控訴人が、昭和三九年六月施行の県職の役員選挙において、所属選挙区の組合員の過半数の得票を得ていなかつたことは、前示のように争いがないから、静岡県人事委員会が、控訴人を変更登録すべき役員と認めないでその変更登録を拒否し、これにしたがつて被控訴人が控訴人に対し、登録された役員でないことを理由に、「職員の団体の業務にもつぱら従事する職員に関する条例」(昭和二六年静岡県条例第二一号)に基づく専従休暇の承認を与えなかつたからといつて、これを違法とすることはできない。
三そこで被控訴人の主張する控訴人に対する本件処分理由の存否について判断する。
(一) 処分理由第一項について
1、無断欠勤について
<証拠>と、前示争いない事実とを総合すると、控訴人の所属した統計課においては、控訴人が昭和三九年八月一五日付で専従休暇承認申請を却下されたことに伴い、同日ころ、控訴人を人口係に配置し、集団住宅調査係主任とする旨の事務分掌を定めて控訴人の職場復帰に備えていたが、控訴人は同年八月一七日から同年九月二四日まで(但し、九月二日、同月一七日、同月一八日を除く)、および一〇月五日、同月八日、同月一〇日の各日欠勤し、そのころ原判決別表第二記載のように、控訴人に対しその上司である杉山幹男統計課長、伊藤正徳同課長補佐から再三、再四職場に復帰して職務に従事するように指示し、或いは警告を繰返していたこと、の各事実を認めることができる。<証拠判断省略>
ところで<証拠>によれば、控訴人は、右各欠勤日のうち、八月一七日、一八日、一九日から二二日まで、二四日から二六日まで、二七日、二八日、二九日、三一日、九月一日、三日、四日、五日、七日、八日、九日の各日については、それぞれ上司である杉山課長又は同課長を代理した伊会課長補佐から職務専念義務免除の許可(以下単に職免許可という)を得ていることが認められるところ、「職務に専念する義務の特例に関する規程」昭和二六年、静岡県訓令甲第一五号)第一条によれば、義務を免除する期間一日以内については所属課長、一日をこえ引続き五日以内については総務部人事課長が承認を与えることができることと定められているから、控訴人が得た右職免許可のうち、八月一九日から二二日まで、二四日から二六日までの分を除く各欠勤日については、いづれも無届欠勤と評価することはできないものというべきである。そして、右八月一九日から二二日まで、二四日から二六日までの分については、杉山課長を代理して伊藤課長補佐が職免許可を与えているが、ほんらいは人事課長の承認を要するものであつて、右職免許可は承認権者でない者のなしたものというべきである。しかし、たえ無権限の者のした承認とはいえ、上司である伊藤課長補佐が杉山課長を代理して職免の許可を与えた以上、控訴人が欠勤したからといつて直ちにこれを控訴人の責に帰し、無断欠勤として懲戒処分の事由とすることは、社会通念上著るしく妥当を欠き相当でない。
控訴人の前記欠勤日のうち右を除く昭和三九年九月一〇日ないし一二日、同月一四日ないし一六日、同月一九、二一、二二、二四日、一〇月五日、同月八、一〇日の計一三日については、本項の冒頭に挙示した証拠によれば職免許可又は年次有給休暇その他の正当な理由を欠く欠勤日であると認められ、<証拠判断省略>右計一三日はいわゆる無断欠勤日と認めるべきである。
2 職場離脱について
<証拠>を総合すると、控訴人は、昭和三九年一〇月六日から同年一一月一〇日までの間の原判決別表第一記載の日時、上司の承認を得ることなく、それぞれ自席を離れてその職務に従事しなかつた事実を認めることができる。<証拠判断省略>
控訴人は、右認定のうち、昭和三九年一〇月一三日以降一一月一〇日までの間については、従来静岡県において、専従休暇承認申請者は承認の許否未定の間は組合業務に従事することが承認される慣行があり、控訴人は同年一〇月一三日専従休暇承認を被控訴人に申請していて、許否が未定であつたから慣行に従つて組合業務を行つていた旨主張し、<証拠>を総合すれば、県職は、昭和三九年六月二九日行われた役員選挙における当選人のうち得票数が有権者の過半数に達しなかつた控訴人ほか三名について、同年一〇月一二日信任投票を行い、全員が有権者の過半数の投票を得、かつ県職において控訴人を専従役員とすることを決定し、控訴人が同月一三日付で被控訴人に専従休暇願を提出したが、同年一一月一〇日までにはその許否が未定であつたこと、従来静岡県においては県職の役員で専従休暇承認申請をなしたものについては、その休暇承認の許否未定の間組合業務に従事することを事実上黙認するような取扱がなされ、控訴人が同年七月一日付でした承認の申請の際も、同年八月一五日却下されるまでは控訴人が職場に復帰しないでひきつづき組合業務に従事しているのを黙認していた事実を認めることができる。
ところで、専従休暇は任命権者の許可があつてはじめて与えられるものであり、職員はその許否未定の間は本来の地方公務員としての職務があるのであるから、静岡県における右のような従来の取扱は、公共の利益のために要求される職員の服務に関する秩序の保持にそわないものであつて、仮にそれが慣行化していたとしても、県としてはこれに拘束されるものではなく、いつでもその取扱を廃止することができると考えられる。しかしながら県が従来くり返し右のような取扱をしてきた以上、予め職員に対しその取扱を廃止する旨を告知し、職務専念義務に違背することのないように警告した上でなければ、その取扱を受けられるものと考えてした職員の行動を職務専念義務違反として懲戒処分の事由とすることは、社会通念上著るしく妥当を欠き許されないというべきである。
控訴人は、前記昭和三九年一〇月一三日付の専従休暇申請についても、従前と同様その許否未定の間組合業務に従事することを事実上黙認する取扱がなされるものと考えて行動したのであり、これに対し静岡県が、控訴人に対しても県職に対しても、従来の取扱を改める旨を告知し、職務専念義務に違背しないよう警告したことについては何も主張立証がないのであるから、前認定の職場離脱のうち右申請後の分については、職務専念義務違背として懲戒処分の事由とすることはできない。
結局原判決別表第一のうち一〇月六、七、一二日の分が、職務専念義務に違背する職場離脱と認められる。
(二) 処分理由第二項について
<証拠>を総合すると、控訴人の上司である杉山統計課長は、控訴人が再三にわたる指示ないしは警告にも拘らずほんらいの職務に就こうとしないため、昭和三九年一〇月一〇日に、控訴人に対して「服務命令について」と題する書面を郵送して服務を命じた(この事実は争いがない。)ところ、同月一二日午後一時三〇分ころ、県職の組合員、静岡県高教組、県教組、市教組等の組合員約二〇名位が、静岡県庁内統計課事務室に押しかけ、執務中の右杉山課長の席をとりかこみ、翌一三日午前零時過ぎごろまで長時間にわたり、同課長に対して、こもごも右服務命令書送付を難詰し、右命令書の撤回を求め、或いは休暇承認印を押捺することをつよく要求するなどし、その間統計課長の机上の厚いガラス板や、職名を記した木片を破壊するなどして、喧騒のため執務時間中は統計課員の執務を著しく妨げる状態にしたが、控訴人は終始右集団に加わり、同課長がしばしば控訴人との間で平穏に話合うことを求めたにも拘らず、これに従わず、執拗に同趣旨の抗議を繰返し、さらに「妻が服務命令を見てシヨツクで流産した。」「失われた魂はどうしてくれるか。」「人殺し、杉山お前は人殺しだぞ」などの暴言をほしいままにしたこと、翌一三日にも控訴人は、約一五名位の前記組合員らとともに、午後一時二〇分ころから午後五時ころ退去命令をうけて退去するまで、杉山課長に対して前同趣旨の抗議行動をつづけ、このため前日同様統計課員の執務を妨げ、かつ杉山課長は過労のあまり貧血をおこして倒れ、以後一一日間位休養を余儀なくされるに至つたこと。の各事実を認めることができる。<証拠判断省略>
ところで、職員団体の行う団体交渉は、法令の定めるところに従い平穏に行われなければならないことはいうまでもないところであり、交渉行為によつて勤務時間中における同僚の執務を妨げることもつつしむべきであるのに、前認定のように他組合員を含む多衆の威力を示して交渉を強要したことは、明らかに違法な行為であつたものと認めざるを得ず、これと行動を共にして暴言をほしいままにした控訴人の行為は、懲戒処分の対象となることを免れない。
(三) 処分理由第三項について
<証拠>によれば、県職役員である訴外深沢一郎が、控訴人の作成した「長島執行委員の一〇月一〇日休暇及び服務命令についての経過と問題点」と題する書面を、公用物である用紙、印刷機を使用して相当部数印刷した事実を認めることができるが、本件にあらわれたすべての証拠によつても、控訴人が自らこれを印刷し、或いは右訴外人と意思相通じて右行為をなしたことを確定的に認めさせるには足りないから、右行為を懲戒処分の対象とすることは許されない。
四以上の各認定判断した事実によれば、控訴人のした無断欠勤、職場離脱の各所為は、地方公務員法第三二条、第三五条に違反して同法第二九条第一項第一号、第二号に、杉山課長に対する暴言等の所為は同法第三〇条、第三三条、第三五条に違反して同法第二九条第一項第一号ないし第三号に、それぞれ該当し、本件懲戒事由とされた事実から当裁判所が排斥した事実を除いて考量しても、なお控訴人を停職六か月にした被控訴人の本件処分は被控訴人の裁量権の範囲内のものであつて相当と認められる。
五控訴人は、被控訴人のした本件処分は、控訴人の正当な組合活動をしたことを理由としてなした差別的取扱であり、仮りにそうでないとしても懲戒権の濫用である旨を主張するけれども、これを認めるに足りる証拠はないから、右主張はいづれも採用しない。
六よつて、被控訴人の本件処分は結局相当であつて違法とすることはできず、控訴人の本訴請求は理由がないから棄却すべく、これと結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴理由がないので民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法第八九条、第九五条、行政事件訴訟法第七条を適用し、主文のとおり判決する。
(小林信次 滝田薫 桜井敏雄)